Organon 前のHahnemann

ハーネマンは
いつも精力的に多くの論文を残しています。

たくさんの仕事や子供たちを抱えてよく頑張ったと思います。

Organonの構想は、
かなりの年月の積み重ねによるものであり

その積み重ねの一端がOrganon出版前の論文などに現れているのがわかります。


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主な論文の一端をご紹介しましょう。


1796年:“On a New Principle for Ascertaining the Curative Power of Drugs and Some Examinations of the Previous Principles”をHufelands Journalに発表。

この論文の中で
ハーネマンは、
すくなくとも慢性疾患においてはその症状と似た症状を健常者に対して表す作用のある薬を導入するべきだと強調しています。

1805:Pure materia medicaFragmenta de viribus Medica mentorum)ラテン語

1806:The medicine of Experience

病気は
症状を重要視すべきであり、
問診で病歴を詳しく調べるべきと主張しています。



Reflections on the succedaneum for China」、
On succedanea for China」、
Scarlatina and crimson military fever」、
What is a poison?」、
What is a remedy?

これらの論文では、
治癒力があるのに毒物とみなされているものがあることを批判しています。

 

1807:Indication of the Homoeopathic Employment of Medicine in Ordinary Practise」が、Hufelands Journalに掲載。

これがOrganonの序文の基礎になった論文です。
ここで初めてHomeopathyという語を正式に使用しています。

 

1808年:「On the value of Speculative System of Medicine Hufelands Journal

ここでも当時の医学を批判しています。

確かに当時の医療は、
民間療法と比べても決して優れているものとはいえませんでした。

日本で言えば、
西洋解剖学の生理学、病理学の概要が書かれた「(西説)医範提綱釈義」が発刊された頃です。

ようやく肝臓や腎臓などの勉強が始まった頃です。

日本では、
当時よりもさらに100年前の京都北白川の白幽子仙人や白隠慧鶴などの高僧の方が
医師よりも治療が優れていたのではないかと思います。




その後もハーネマンは次々と論文を発表していきます。

1808年
On the current shortage of extra-European remedies」、
On succedanea for foreign remedies」、
Rectification of the question about the preventive treatment of scarlatina」、
Remarks on scarlatina」、
Letter to a high-ranking doctor concerning the urgency of a reform in medicine

1809年:
A sign of the times in ordinary pharmacy」、
Instruction on the subject of the reigning fever」、
Advise to an aspiring doctor


1810年 Organon出版(初版)



文責:森井啓二


引用

臨床家のためのホメオパシーノート 基礎編 (Nanaブックス)
森井 啓二
ナナ・コーポレート・コミュニケーション
2010-09-18